1989年の五代目山口組羽根組VS極東関口佐藤会のみちのく抗争。
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ヤクザ・マフィア
1989年11月に五代目山口組羽根組VS極東関口佐藤会のみちのく抗争が勃発しました。
1989年当時、山形市はテキヤ系組織の奥州山口連合会と秋田市に本拠を置く極東関口佐藤会系川村組がしきっていました。
そんな中、山口組羽根組組員が山形市の飲食店に来てみかじめ料を要求するなど地元組織を挑発する行動を始めました。
1989年11月26日、山口組羽根組組員が極東関口佐藤会系川村組幹部に刺殺されました。
山口組は羽根組組員の葬儀に全国の直系組長など900人を参列させました。
11月29日に大阪から遠征してきた山口組系組員が山形市内の極東関口佐藤会系川村組の事務所を銃撃しました。
12月1日、極東関口佐藤会の本部がある秋田市内のホテルで6人の山口組系組員が拳銃を隠し持っていたとして逮捕されました。
12月2日、山口組美尾組組員が青森の極東関口佐藤会系森田会の事務所にダンプを突っ込ませました。
同日、山口組系組員が青森の極東関口佐藤会系上池組の事務所前から発砲して留守番をしていた17歳の少年が負傷しました。
同日、山口組系組員が東京の極東関口佐藤会小林睦会の事務所と極東関口佐藤会斉藤組事務所に発砲しました。
12月5日、山口組系組員が鶴岡市の極東関口佐藤会儀和組事務所に発砲しました。
12月11日、山口組系組員が山形県西村山郡河北町の病院に入院していた極東関口佐藤会川村組幹部を銃撃して重傷を負わせました。
12月14日、山口組系組員が山形市内の極東関口佐藤会系川村組事務所に発砲しました。
1990年1月23日に東北地域に影響力を持つ山口組奥州角定一家総長の木村茂夫の仲介で山口組系羽根組と極東関口佐藤会の手打ちが行われました。
極東関口佐藤会はこの抗争の後、内部抗争を経て解散しました。
解散後は極東関口佐藤会の有力幹部は山健組、弘道会、芳菱会(国領屋一家)の山口組有力組織に加入しました。
みちのく抗争は山口組の東北進出の足掛かりとなった抗争でした。
(参考:ヤクザ抗争史・みちのく抗争)
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