1990年に起きた渋谷のチーマー連合VS三茶愚連隊。
渋谷のチーマーVS暴走族の代表的な事件がこちらです。
1990年に起きた渋谷のチーマー連合・湖池屋VS三茶愚連隊です。
三茶愚連隊はS48の代の三軒茶屋の人たちが再結成した暴走族になります。
三茶愚連隊はオシャレ系のチーマーとは真逆で、パンチパーマ、角刈りの体育会系組織でした。
1990年は渋谷のチーマーの全盛期で、無名の三茶愚連隊は渋谷に繰り出して名前を売っていく必要がありました。
三茶愚連隊は特攻服でセンター街に繰り出して、渋谷のチーマーたちと喧嘩を繰り返していきました。
チーマー側も三茶愚連隊にやられっぱなしにはいかないので、宇田川警備隊、AMG、渋谷変態倶楽部の武闘派メンバーを選抜して武闘派チーム「湖池屋」を作りました。
その後、三茶愚連隊と湖池屋との抗争はエスカレートしていき、湖池屋のリーダーが三茶愚連隊のメンバーを暴行して逮捕されてしまいました。
その事件がきっかけとなり、三茶愚連隊が渋谷のチーマーに敗北するという形で和解しました。
よく三茶愚連隊側が渋谷のチーマーに勝ったと言われていますが(ライターの久田将義なども三茶愚連隊側が渋谷のチーマーを圧倒したと語っています)それは間違いだということですね。
実際は三茶愚連隊は渋谷のチーマー連合軍に負けていました。
渋谷のチーマーはどんどん勢力を拡大して数百人以上になっていました。
しかし一般人がチーマー何十人に襲われる、女性連れであってもリンチされる、未成年の少女がレイプされる、妊婦の女性も襲われるなどの酷い事件が頻発していました。
三軒茶屋も同様で、三軒茶屋の一般人が渋谷で20人に襲われる、暴行されるということが繰り返されました。
三茶愚連隊のメンバーも渋谷のチーマーたちに何度も暴行されましたが、渋谷のチーマーたちにビビッてしまい誰一人返しにいこうとするメンバーはいませんでした。
そんな中で一人、傍若無人な振る舞いをするチーマーたちに怒りを覚えていた人がいました。
それが三軒茶屋のS49の初代ブットバース総長の松浦英樹さんでした。
ここから渋谷のチーマー連合VS松浦英樹さん率いるブットバースの戦いが始まるのでした。
その話はまた次回、書いていきたいと思います。
1991年に起きた渋谷のチーマー連合VS初代ブットバース。
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