1987年の砂子川組VS山口組系中野会。
1987年6月13日一和会系山広組川健組組員2人が大阪府枚方市のレストラン「ファンタジア」で食事中だった山健組系中野会副会長の池田一男を射殺しました。
ファンタジア事件の犯人は5か月たってもわかりませんでした。
事件当時、現場近くに砂子川組の車が泊まっていたという情報が中野会に入りました。
そのため中野会は犯人は砂子川組だと断定して報復を開始しました。
1987年(昭和62年)6月17日、枚方市にある砂子川組斎藤組事務所が中野会に襲われて組長が射殺されました。
1987年(昭和62年)6月17日、守口市にある砂子川組岡田組事務所が中野会に襲われて幹部と組員3人が重傷を負いました。
1987年(昭和62年)6月18日、砂子川組本部長の自宅に中野会がダンプカーで突っ込みました。
1987年(昭和62年)6月19日、京都府宇治市にある砂子川組幹部が経営する不動産会社が中野会に襲われ従業員1人が射殺されました。
砂子川組はまったくの無関係にも関わらず中野会に襲われる事態となりました。
びっくりした砂子川組の山本英貴組長は山健組と中野会にファンタジア事件はうちではないと連絡を入れました。
山健組と中野会は誤解であったことを知り、会津小鉄会の仲介で山健組組長の渡辺芳則組長が砂子川組の山本英貴組長に謝罪しました。
真犯人が一和会系山広組だと知った山健組、中野会は山広組への報復に動きました。
1988年1月3日、中野太郎のボディーガード役だった山健組組員2人が山広組事務局長の浜西時雄を射殺しました。
「事件の影響」
この抗争により山口組、山健組、中野会が京阪沿線、京都方面に進出していくきっかけとなりました。
この抗争以前は滝井、守口、枚方などの京阪沿線は砂子川組の支配下で山口組は進出できていませんでした。
この抗争で山健組、中野会が砂子川組を圧倒したことで京阪沿線、京都方面に山口組が進出していくことになりました。
そのため、中野会は本当は砂子川組ではないとわかっていながら京阪沿線、京都方面に進出していくために、あえて砂子川組に喧嘩を仕掛けたのではないかという見方もありました。
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