GHQのチャールズ・ウィロビーと小林米珂とモルガン家。
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政治, 経営, 経済, 陰謀・謀略・未解決事件・冤罪事件
GHQのG2のトップのチャールズ・ウィロビーはモルガン家の代理人の小林米珂と小林えいの娘のマリーアントワネットと結婚していました。
小林米珂(ジョージ・ベイカー)はアメリカ人の牧師、法律家として来日しました。
小林米珂は1892年には弁護士として年収3000万円を稼いでいたことを申告していました。
明治時代の1円はいまでいうと2万円に相当したそうです。
https://magazine.tr.mufg.jp/90326
小林米珂の年収は6000億円だったことがわかります。
小林米珂はモルガン家のジョージ・モルガンに京都の芸者のお雪を紹介して、結婚媒酌人を務めました。
小林米珂は日本の遊郭や花街についても影響力を持っていたようです。
小林米珂は日本の遊郭や花街についての著書も出版していました。
1907年(明治40年)ごろには鎌倉に住まいを移して、鎌倉市由比ガ浜に9つの借家「小林米珂荘」を経営しました。
鎌倉海浜院ホテルの出資者で取締役でもありました。
由比ヶ浜の賃貸住宅は「米珂屋敷」と呼ばれ、菅虎雄、高浜虚子、大佛次郎らが借りていました。
高浜虚子は由比ガ浜の家を小林米珂から購入しました。
そこに夏目漱石や芥川龍之介、菊池寛らが集い文人サロンとなりました。
小林米珂は日本での活躍を認められてイギリスのミドル・テンプル法曹院に加入しました。
小林米珂は日本蓄音機、帝国木製、帝国船舶の取締役も務めました。
シーメンス事件では外国側の弁護士を務めました。
1928年にはワシントンDCの法学校National University School of Lawの大学院の名誉教授になりました。
小林米珂のもう一人の娘のエディス・フランシスはマッカーサーの部下で、後に外交官、ビルマ大使、オーストラリア大使となったウイリアム・ジョセフ・シーボルトと結婚していました。
小林米珂は神戸の外国人墓地に埋葬されています。
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