渋谷のチーマー・ウォーリアーズ、ファンキースからテイクアンドギヴニーズの社長になった野尻佳孝さん。
渋谷のチーマー・ウォーリアーズ、ファンキースからテイクアンドギヴニーズの社長になったのがS47の野尻佳孝さんです。
同じ代のS47のチーマーには俳優の真木蔵人さん、スマップの木村拓哉さんがいました。
テイクアンドギヴニーズはウエディング事業、ホテル事業、金貸し事業、旅行事業などを手掛けている東証1部上場企業になります。
野尻佳孝さんは明大中野中学、明大中野高校、明大政経学部出身でした。
当時の明大中野中学ではウォーリアーズというチーマーが幅を利かせていました。
野尻さんたち40人は明大中野の先輩のウォーリアーズから呼び出されて、40人の中から8人がウォーリアーズに入ることを許されたそうです。
野尻さんはウォーリアーズに入り渋谷や六本木でチーマー活動を始めますが、先輩の使いパシリにされていることに嫌気が差して、明大中野高校1年の時にウォーリアーズを抜けて野尻さんの仲間30人で自分たちのチーム・ファンキースを創設します。
野尻さんはパーティー券を売ったり、イベントを行ったり、革ジャンを売ったりするなどして数千万円以上の稼ぎを生み出しました。
野尻さんはこの時のパーティー券の売買、イベントの開催、革ジャンの販売などの経験が、現在のテイクアンドギヴニーズの仕事に活きていると語っていました。
その後、明大中野ファンキースは渋谷のセンター街を席巻していきました。
この時にはファンキースは50人以上の巨大チームとなっていました。
しかしその後、ファンキースが別のチームと抗争になり、野尻さんの親友がナイフで刺殺されてしまいました。
そのことがきっかけとなり、野尻さんはロン毛を切ってチーマーをやめて、明大中野のラグビー部に入部しました。
明大中野のラグビー部では全国大会である花園に出場しました。
明大進学後もラグビーを続けて全国大会に出場しました。
卒業後は住友海上火災保険に入社します。
そこでウエディング、ブライダル事業は稼げると思い、ウエディング事業での起業を構想します。
ウエディング事業での起業のために、住友海上火災保険をやめてウエディング会社のプランドゥシーに入社します。
そこでウエディング、ブライダル事業のノウハウを学び、テイクアンドギヴニーズを創業しました。
テイクアンドギヴニーズに出資しているのがユニマットです。
野尻佳孝社長は西麻布の遊び人としても知られています。
関連記事
-
-
住吉会の総裁に福田晴瞭さん、副総裁に加藤英幸さん、副総裁代理に小林忠紘さんが就任。背後に統一教会の存在。
住吉会は総裁に福田晴瞭さん、副総裁に加藤英幸さん、副総裁代理に小林忠紘さんが就任しました。 &
-
-
山口組大石組松平興業組員の廣谷哲央と佐藤大辰と中野美樹が知人から盗んだクレジットカードを使い220万円のビール券をデパートから騙し取ったとして逮捕(暴力団ニュース)
北海道警札幌南署は3日、知人から盗んだクレジットカードを使い220万円近いビール券を札幌のデパートか
-
-
靴下屋の会長の越智直正さん、麗子さんの事件は三浦春馬さん事件など一連の芸能人の事件に連なるものなのか?
靴下屋の会長の越智直正さん、麗子さんの事件が三浦春馬さん事件など一連の芸能人の事件と連なるものである
-
-
元暴力団幹部の岡孝洋ら7人が170の口座を不正に開設して特殊詐欺グループに転売していたとして逮捕。
うその養子縁組で名字を変え、銀行口座を不正に開設していたとして、愛知県警は14日、元暴力団幹部で名古
-
-
居沢光真ら4人が闇金融を行っていたとして逮捕。
法定金利を超える違法な高利で闇金業を営んでいたとして、警視庁生活経済課は15日、出資法違反などの疑い
-
-
東京国税局が松尾真一とベンチャーインベスターズを脱税の容疑で告発。
東京国税局は23日、不動産関連会社「ベンチャーインベスターズ」(東京都中央区日本橋本町4-8
-
-
住吉会幸平一家聡仁組組員ら5人が町田の風俗無料案内所の店員を暴行して大けがを負わせたとして逮捕
東京・町田市で、風俗店の無料案内所の店員に暴行を加え大けがをさせたとして、暴力団組員ら5人が逮捕され
-
-
山口組奥州会津角定一家波入組若頭補佐の脇坂健嗣(脇坂健二)と組員の重岡勇二が福島市陣場町の路上で面識のない男性に因縁をつけて脅して暴行を加えたとして逮捕。
福島県警は14日、福島県福島市陣場町の路上で男性に因縁をつけて脅したうえ暴行を加えた疑いで、山口組奥
-
-
山口組弘道会野内組幹部北村組組長の北村和博が運転免許証の更新時に住所を偽って申告したとして逮捕。
岐阜県警は、自動車運転免許証の更新時に住所を偽って申告したとして、岐阜市の山口組系傘下組長が26日に
-
-
未解決事件。元東声会幹部の作家の藤田五郎さん殺害事件。
元東声会幹部から作家に転身して成功していたのが藤田五郎さんでした。 「無頼
