ATMから18億円を不正に引き出した事件の指示役のトップJの井上勇(実話ナックルズ)
「偽造カードに書き込まれていたのは、南アフリカにあるスタンダード銀行の顧客口座の情報だった。
引き出されたのは総額18億円。
海外の銀行を標的にし、銀行のセキュリティーシステムが本格的に稼働する前の早朝の時間帯を狙う等、考え尽くされた犯行だ。指示系統もはっきりとせず、一時は迷宮入りも囁かれた事件だった」。
捜査員の一人がこう振り返る犯罪史に残る事件は、一人の男の主導によって仕組まれた。
「何だこの野郎!」――。
地上からせり上がり、JRの線路に沿ってへばりつくように立つ宮下公園には、男たちの怒声と乾いた打撃音が響いていた。
エンジニアブーツとゴローズのフェザーを誇らしげに纏ったチーマーたちが闊歩した1990年代の渋谷ではありふれた風景。
ただ、対時する5人を圧倒的な暴力でうちのめした男の姿は、トラブルが日常の街の中でも一際異彩を放っていた。
男の名は井上勇。
5人をのした後、腫れ上がった顔のまま平然とスケボーに興じる様は、まるで映画のワンシーンを切り取ったかのように、兎に角、格好良かった。
現場に立ち会った者は、大立ち回りを演じた後の井上のあどけない表情を覚えている。
「目だよ目。目がキラキラしているんだよ」。
それから20年以上の時が流れた。
チーマー、カラーギャング、ギャル男と、渋谷の“顔”は変わり続けたが、ストリートで名を馳せた童顔の喧嘩番長は、その後もアンダーグラウンドの階段を上り続けていた。
今から十数年前の年の瀬。
いかつい風貌の男たちが、ある投資家の男性の元を訪れた。
高級そうなスーツを着てはいるが、隠しようのない不穏な気配を漂わせる一団は、銀座の小奇麗なオフィスには如何にもミスマッチだった。
CEOの肩書きが印字された名刺を差し出した“童顔の男”について、男性は懐かしそうに振り返った。
「『可愛い顔をしているな』というのが第一印象だった。
如何にもな連中の中にいたから、とりわけ目立ったんだよな」。井上はその頃、複数の会社の代表を務める一端の青年実業家になっていた。
世にいう五菱会事件で、警察当局による闇金融の集中取り締まりが始まる前夜。
金融不況の真っ只中でもがく表経済を尻目に、裏経済は拡大の一途を辿っていた。
合法と非合法のタイトロープを躊躇なく渡るグレーな連中の頭上には、カネの雨が降った。
井上も、細い綱の上を脇目もふらず爆走する一人だった。
「若い女を、暇を持て余した金持ちたちにあてがうデートクラブで荒稼ぎしていた」(事情を知る関係者)。
しかし、そんな白日夢にも終幕は近付いていた。
隆盛を極めた闇金融は国家権力によって息の根を止められ、時代はグレーな世界で生きる回遊魚たちに、表経済の“清流”か、裏経済の“濁流”かの二者択一を迫っていた。井上は、そんな時代の趨勢を敏感に嗅ぎとっていた。
金融業界のみならず、警察にも顔が利く投資家を頼ったのには、ある思惑があった。
「井上には闇金融をやっている兄貴がいた。その兄貴が闇金融からサラ金に鞍替えしようとしていて、相談に来たんだ」。
しかし、“清流”は井上の肌には合わなかったらしい。
表経済との接点だった投資家とはいつしか関係が切れ、井上は再び深海に身を投じた。
虚々実々のやり取りで富を生み出すアウトローたちにとって、虚像を売り歩く芸能の世界の住人は共生し易い存在だ。
井上もその例外ではなく、いつからか音楽業界の大物たちの知己を得るようになっていた。
大手レコード会社の重役たちと危ない遊びに興じることもあったという。
「クラブのVIPルームに呼ばれては、一緒にドラッグをやってぶっ飛んでいたという話はよく聞いた」。
そうした交際の過程で、大物ミュージシャンが絡む金銭トラブルに巻き込まれ、その名が取り沙汰されたこともあった。
だが、東京の闇人脈で、井上勇の名前は変わらぬ“ブランド”であり続けた。
その一方、時期を前後してアンダーグランドの世界で存在感を高めていったのが、あの『関東連合』だ。
両者を結び付ける噂は多いが、井上を古くから知る知人は言う。
「フィリピン逃亡中の見立(真一容疑者)を始めとして、杉並区や世田谷区出身者が大半を占める関東連合OBの列に井上を加えるヤツがいるが、違うよ。井上は渋谷のチームにいたことはあったが、関東連合に入っていたことは一度もなかった。勿論、仕事や何かで絡みはあっただろうが、メンバーだったことはないよ」。
報道も情報のミスリードを助長した。ATM事件の首謀者として指名手配され、マスコミ各社が実名を報じた時の肩書きは、一様に“関東連合元メンバー”だった。
だが、実像は違う。「井上は若い時からどこかのグループに所属してきたことは一切ない。
ヤクザと一緒にシノギをすることもあったが、どこの組の看板も背負うことはなかった」。
井上は、一匹狼であることにある種の美学を抱いていたのかもしれない。
だが、その“禁”はあるきっかけで破られることになる。
ATM事件である。
「井上はあのシノギに賭けていた。生涯の大勝負という意識もあったのかもしれない」。
井上が事件の計画を練り始めたのは、2015年頃のことだったという。
事件の全容を知るという組織の関係者が声を潜めて言う。
「実は、あの金の原資は、外国人投資家のマネロンでだぶついた資金だった。謂わば表に出ちゃいけないカネ。全部で40億円あり、22億円は香港に、残りの18億円を南アフリカに振り分けた。其々の銀行が所有する休眠口座を使った」。
後ろ暗い事情が絡む資金だとしても、18億円はあまりにも巨額だ。
当局の監視の目をかいくぐり、資金を引き出す為には、緻密なプランと多くの人手が不可欠なビッグビジネスだった。
井上は、このシノギを成功に導く為の突破口として、暴力団の掟とネットワークを頼った。
「ヤクザが最も警戒するのは、暴対法による使用者責任の縛りだ。擬制の親子である彼らにとって、自分の罪で親に累が及ぶことは絶対の禁忌だ。だから、たとえパクられても、上まで捜査の手が伸びるようなことはしない。出し子や指示役まで全てヤクザで固めれば、捲れることはないと踏んだんだ。そして、ある組織の盃を受けることになった。それもこれも、シノギを成功させる為だ」。
井上が持ち込んだシノギには、400人ものヤクザとその後輩筋の周辺者が関わったという。
事件は大きく報じられ、各地で逮捕者が相次いだが、目論み通り、井上にまで捜査の手が伸びることはなかった。
選択は吉と出たかに見えた。
「躓きは意外な所からだった。井上の配下でATMの件に関わったヤクザが、千葉県警に別件の金塊強奪事件でパクられ、突き上げ捜査でATMの件も捲れて、そこから一気にトップの井上までいった」
井上は2月4日、横浜市内の潜伏先のマンションで福岡県警に身柄を確保された。
1月28日に公開手配となってから、僅か1週間あまりでの逮捕劇だった。
「抑々、井上にこの話を持ち込んだのは、莫大な資金力を背景に複数の組織にパイプを持つ大物フィクサー。今回の事件でも大金を手にしたと言われているが、捜査線上には一切浮かんでこなかった。井上が手配されてから逮捕まであまりにも早かっただけに、一部では『ハメられたんじゃないか?』という声も上がっている」。
億単位のカネを不正に手にした本当の黒幕は誰なのか? その正体は井上しか知らない――。
(実話ナックルズ2019年4月号)
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