イルミナティのエージェントとして闇の人身売買を行い多額の利益を得ていたのがマザーテレサ。
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陰謀・謀略・未解決事件・冤罪事件
マザーテレサが創設した修道院で赤ちゃんの人身売買が行われていたとして修道女と職員を逮捕したとAFP通信が報じていました。
https://www.afpbb.com/articles/-/3181432
マザーテレサは病院や児童養護施設、乳児院を多数作った人ですが、それらの施設では赤ちゃん、子供の人身売買が行われていたと言われています。
そして現在もそれらは引き継がれて、闇の人身売買が行われているのです。
マザーテレサはコソボ出身のカトリック教徒でしたが、マザーテレサが入信したのがイエズス会のヤンブレンコヴィッチ神父が作った聖母マリアの信心会でした。
マザーテレサはベンガルでイエズス会の司祭たちから多くの影響を受けたと伝えられています。
このイエズス会というのが世界中で少女、子供たちの闇の人身売買を行っていることは判明しています。
日本でもイエズス会の宣教師たちが多数の日本人の子供たちを人身売買していたということがわかっています。
そのため豊臣秀吉はバテレン追放令を出し、キリスト教を禁教にしたのです。
徳川家康も禁教令を出してキリスト教を禁止していました。
マザーテレサの銀行口座には50億円以上のお金が残っていました。
マザーテレサはイルミナティの闇の人脈がありました。
ハイチの独裁者ジャン・クリード・デュバリエと親密で勲章も授与されています。
またバチカンの巨大マネーロンダリングに関わりヨハネパウロ1世を殺害した容疑をかけられたリーチオ・ジェッリとマザーテレサとの親密な関係も言われています。
リーチオ・ジェッリはイルミナティのメンバーでフリーメイソンのロッジP2の代表でした。
リーチオ・ジェッリはボローニャ駅爆破事件、P2事件、カルヴィ暗殺事件にも関わったとされています。
リーチオ・ジェッリは第二次世界大戦ではイルミナティのスパイとして活躍して、その後はノーベル文学賞候補にもなっていました。
他にもマザーテレサはイギリスのメディア王ロバート・マクスウェルから多額の資金援助を受けていました。
ロバート・マクスウェルは1991年に大西洋上で死体となって浮いていました。
また詐欺で捕まったチャールズ・キーティングからも多額の寄付を受けていました。
マザーテレサの息子が新型コロナを作り出し、武漢の研究所に送ったアメリカ国立アレルギー・感染症研究所(NIH)所長のファウチさんだと言われています。
https://daiwaryu1121.com/41945-2/
そしてそのマザーテレサを尊敬して、日本で全く同じことをやっているのがイルミナティのエージェントの認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さんです。
https://daiwaryu1121.com/post-38646/
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