山口組系一心会系三瓶組若頭の神部達也さんがヒットマンに射殺される。犯行組織に3つの説。
17日午後1時50分ごろ、水戸市元吉田町の特定抗争指定暴力団山口組系の暴力団事務所付近で、「パンという銃声のような音を聞いた」と通行人から110番があった。
茨城県警によると、事務所の2階で神部達也幹部(40)=同市千波町=が頭などから血を流して倒れており、搬送先の病院で死亡が確認された。
県警によると、現場に凶器とみられる拳銃が落ちていた。
何者かが発砲して逃走したとみて、暴力団同士の抗争事件の可能性を視野に捜査している。
(時事通信)
撃たれたのは6代目山口組系一心会系三瓶組若頭の神部達也さん(40)でした。
神部達也さんは結婚されていて小さい子供がいたそうです。
神部さんと親しい人は「お子さんもまだ小さいのに。無念だっただろう。」と言っていました。
三代目三瓶組は茨城県水戸市元吉田町1318-1に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の三次団体。
上部団体は三代目一心会です。
犯人は三瓶組近くのシャトレーゼでケーキを買い組事務所を訪ねていました。
犯人は玄関で組員に応対されて三瓶組の近くで買ってきたシャトレーゼのケーキを渡していました。
その後、いきなり神部若頭のお腹と頭に発砲して拳銃を置いて逃げました。
神部若頭を撃った犯人は3つの説が出ています。
1つ目は地元の水戸を縄張りとしている松葉会鯉淵一家です。
松葉会鯉淵一家は水戸一帯を縄張りとしており水戸では絶大な力を持っていました。
関西系の三瓶組とは縄張りを巡って頻繁に対立していたようです。
2つ目は6代目山口組系竹中組系安東組系東龍会です。
三瓶組が分裂して竹中組系安東組系東龍会になっていました。
2015年11月5日、三代目一心会・二代目三瓶組若頭補佐であった富田洋史さんが三瓶組の分裂により二代目竹中組へ移籍して東龍会の会長になりました。
現在は富田洋史さんが竹中組若頭補佐になっています。
内部分裂により竹中組とはぎくしゃくしていたようです。
3つ目は絆会平山組です。
三瓶組と絆会平山組は組員の移籍問題で揉めていたようです。
毎日新聞は絆会平山組が有力であるように報じていました。
ただ絆会平山組はうちではないと否定しています。
現在、最も有力なのは松葉会鯉淵一家です。
山口組は現在、抗争で拳銃を使うなという命令が出ています。
絆会も同様です。
今回は拳銃が使われていることから、拳銃使用禁止命令が出ていない松葉会が有力になります。
また松葉会は山健組の本部に手榴弾を投げ入れたり、市役所職員を多数暗殺したり、政府の暗殺部隊を担ったりするなどヤクザの中でも非常に凶悪な組織として知られています。
これらのことから今回の犯人は松葉会鯉淵一家だと思います。
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